大学院 フランス文学専攻
留学院生レポート

R .I. 2011年博士前期課程修了 留学先:リヨン第2大学

R .I. 2011年博士前期課程修了 留学先:リヨン第2大学


私は2008年度に学習院大学人文科学研究科フランス文学専攻に入学し、2011年に修了しました。ここでは2009年の夏から2010年の夏まで一年間在籍していたフランスのリヨン第二大学の留学について書きたいと思います。

 大学院で私はフランス文学を専攻し、主に19世紀後半から20世紀前半にかけて活躍した詩人ポール・ヴァレリーについて研究しました。ヴァレリーの詩を読んでわかったことは、彼の生まれた土地と彼の詩が密接に関係しているということでした。

 ヴァレリーは地中海で生まれ育ちました。セートという町からモンペリエという大きな街で、地中海での水泳や波、沖に漂う船などが彼の感性を刺激しました。現在モンペリエ第三大学はポール・ヴァレリーという名前を冠し、生まれた土地のセートにはポール・ヴァレリー美術館が存在します。私が留学を決めたことのひとつにヴァレリーが生まれたセート、育ったモンペリエの街を見てみたいという理由からでした。

 しかし実際に留学するのはリヨンの大学でしたから、モンペリエには旅行で行こうと決めました。

 学習院大学とリヨン第二大学は協定校として留学生を交換しています。毎年2人ずつ学内選抜したあと留学する学生を決めます。私は2009年度の協定留学生に応募し、面接試験の後に選ばれました。留学先はリヨン第二大学のフランス文学専攻の修士課程でした。以下、リヨンでの留学について書きたいと思います。

リヨンでの寮生活

 リヨンはフランスの中心からやや東に位置するフランスの中でも重要な都市で、フランスの北にも南にも行ける旅行に便利な都市です。街も市バスや地下鉄が充実していて非常に住みやすい街だと思います。リヨンでの住居は学生向けの寮に住んでいて、大学まで20分ほどの丘の上にありました。学生寮には外国の学生はもちろん、フランス人の学生も住んでいて、フランス人の友人と話すときは常に語学の勉強という感じでした。日本では学生向けの寮とはいっても外国人留学生と日本人学生は別々になっていることが多く、日本に留学する学生は英語で話してしまうという話がありますから、フランスでの寮生活には非常に満足しています。とりわけキッチンが共同であったため同じ寮生とフランス語での会話をする機会も多く、わからない言葉があったらどんどん友人に質問してノートを取りました。協定校留学ならば、この寮には確実に入居することができます。さらにパリほど物価が高くないためか、リヨンの学生寮は一ヶ月の家賃が230ユーロ(約3万円)と懐に優しい値段でびっくりしたのを覚えています。

 週末などはリヨンの旧市街地にみんなで降りていき、バーなどでお酒を飲みながら気兼ねなく会話をしていました。時々レストランにも行きましたが、値段がなかなか高いので、特別な時以外は控えていました。しかしながら、リヨンは非常にグルメな街で、レストランはそれこそ星のようにあるので自分でお気に入りのレストランを探してみるのも面白いでしょう。

 また日曜日などはリヨンにある大きい公園にピクニックをしに行きます。その時はみんなで飲み物や食べ物を持ち寄って芝生の上でおしゃべりをします。自転車を借りてサイクリングもしました。フランスではこのような休日を過ごす家庭が多く、公園では子供連れの家族で賑わっています。

学校生活について

 私はリヨン第二大学の大学院に一年間在籍し、フランス文学を学びました。しかし日本から見ればフランスという外国の文学ですが、フランスから見ればもちろん国文学です。留学をする前は外国の文学として学んでいたフランス文学も、フランスに留学したときには日本の大学で受けた授業と全く違う印象を抱いたのもこの点によるのかもしれません。言わずもがなですが、フランスでは小学校からランボーやボードレールの詩を読み、モリエールの演劇を見たり演じたりしています。要するに、日本ではフランス文学という枠の中に収まるものが、フランスでは日常のものとしてあるのです。このギャップは私を戸惑わせもしましたが、外国文学がもつ本質的なものについて考えさせられました。日本では特殊な枠の中でしか触れられないものが、現地では日常であることの驚きはやはり留学を通してしか感じる事ができません。当たり前のことですが、その当たり前なことに単純に驚きをもって触れることができたのは貴重な体験でした。例えば、街の本屋の棚にはフランス文学を中心にしておいてありますし、文学を専攻していない友人と「この詩人がいい」とか、「あの本がいい」とか一緒に話せるのは非常に新鮮でした。しかし、このギャップを一番感じたのは大学の授業においてだと言わざるを得ません。

 大学の授業は留学生であるため何を履修してもよいという比較的自由な環境でした。というわけで、私は自分の関心にそって授業をとってみました。私の関心は19世紀後半から20世紀の前半の文学なので、例えば19世紀の文学としてボードレールの授業をとったり、精神分析学の授業をとったりしました。それぞれの授業が興味深く、知的興奮をもたらすものですが、私が一番惹かれた授業は「現在の文学」という授業でした。「現在の文学」とはいえ、扱う対象は現代文学とは違います。それは1980年から2009年に出版された文芸批評を読むという内容でした。担当する講師が用意した本のリストを学生が選択し、毎回の授業で読んできた本について発表するというものでした。この授業スタイル自体はフランスでは基本的な授業スタイルです。学生に口頭で自らの意見を発表させることにより力を養わせるのです。講師が指定した本のリストはまさに「今」の文学を扱っています。ロラン・バルトの『明るい部屋』からジェラール・ジュネットのCodicilleという2009年に出版された本まで扱いました。刺激的だったのはまだ日本語訳されてもいない本を学校の帰りに本屋で買って読み、その本の内容について授業で説明するという一連の流れでした。それは私にとって、「現在の文学」だったのです。留学をする以前と今で変わったことといえば、文学は「今」を流れているということを深く認識したことでした。そしてその「今」はフランスという場所に行かないとわからないものだったのかもしれません。大学の授業では現在進行形のフランス文学を学んできたといってもよいでしょう。ボードレールの授業では新進気鋭の若手研究者が新しい論文について説明したり、新しく出版された本について学生に意見を求めたりと、日本の授業では得られない体験でした。なので、留学するときは是非「今」の文学を体験してもらいたいと思います。

最後に

ヴァレリーが生まれ育った街を見てみたいという理由から留学しましたが、留学した後に思うことは、文学を研究する上で必要なものが「実際に現地にいって見てみる」という事だと思います。日本というフランスから見て外国の国で文学を研究する以上現地との時差は拭いようがありません。この時差を感じ、実際に現地で感じる経験は文学研究に繋がっていくと物だと思います。日本では盛んに研究されていない作家でも、フランスではその作家の論文が見つかることもあります。また、フランスでは図書館にいけば草稿を見ることが可能ですし、雑誌などの情報も充実しているので日本にいるよりも研究する環境も整っています。

 まだ留学してない方であれば、一度留学することをおすすめします。

平成23年4月