Cursus de troisième cycle de langue et littérature françaises

専門・修士論文について :榊原光芳(2011年度修了)

私は、1919年生まれで、現在も執筆活動を続ける仏作家、Roger Grenier(ロジェ・グルニエ)を研究対象とし、修士論文を執筆しました。論文の副題は、« Ses personnages et sa personne »(「彼の作中人物と彼の人格」)です。副題を日本語に訳すとなんとも締まりの悪い題名ですが、ロジェ・グルニエの創りだす作中人物(personnage)に焦点を当て、作家自身の特性を導きだすことを主眼に置いています。

論文を執筆する際にあたってまず考えたのは、ロジェ・グルニエという人は、どういう人間なのか、ということ。ただ、作家本人を個人的には知らないので、作品だけが手がかりです。作品を読んで導きだした私なりの結論から言えば、この作家は、とても「優しい」作家です。人生の暗い側面から目を背けず、優しく、作品の中で生きることの意義を説いています。しかも、優しいだけでは、人生の暗い側面を描けません、この作家は、優しさの中に、人生の過酷さに立ち向かっていくだけの「タフさ」も備え持っている。

しかし、もちろんのこと、「ロジェ・グルニエは優しくてタフでいい人だ」などと論文には書けません。だから、ロジェ・グルニエの持つ魅力を、別な方法で表現しようと考えました。ロジェ・グルニエその人自身を論じる代わりに、彼の創りだす人物たち、作品の登場人物たちを論じてみようと思ったのです。

 選んだ作品は、ロジェ・グルニエの代表作とも言うべき長編、『シネロマン』(Ciné-roman)です。この小説の登場人物たちのなかで、物語の筋の要となるのは、以下の三人です。すなわち、物語のいわゆる「語り手」の« je »(「わたし」)、それから、物語の舞台となるおんぼろ映画館「マジック・パレス」の創始者にしてサーカスや見世物の興行師La Flêche(ラ・フレーシュ)、物語の主人公とも言うべき青年で、家族共々マジック・パレスの経営者となるFrançois(フランソワ)です。

『シネロマン』の「わたし」は、様々な問題を持っています。まずこの人物は、誰なのか分からない。しかもこの「わたし」は、作家自身を指す言葉に思えたり、登場人物の一人(主人公のフランソワ)を指しているように思えたりする。しかも、確実に作家自身でもフランソワでもないという、曖昧な存在です。だから、この「わたし」なる人物が誰なのか、それを明らかにすることを、本論文の第一章の目的としました。

第二章では、ラ・フレーシュという人物について考察しました。この人物は、口の悪い愚鈍な農民ですが、サーカスの興行、映画館の営業など、こと見世物を催す段になると驚くべき生命力を発揮する人物です。しかし、なぜかこの人物、物語後半までほとんどしゃべらないのです。彼は物語後半で突然しゃべりだすようになるのですが、これはなぜなのか、それを第二章の主な論点としました。

 本論文で取り上げた問題は以上の二つで、これらの問題を明らかにしていくために、文学理論の本も参考文献として取り上げました。例えば、ジェラール・ジュネットやロラン・バルトの研究書、それに加えて、作家ミシェル・ビュトールの論文集なども当たりました。具体的な書名は省きますが、これらの著作は、文学理解の助けとなり、物語世界の持つ多元的な構造を把握するための手段となりました。

 また、文学作品の構造を把握するのにもまして重要になったのは(そして同時に最も楽しかった作業は)物語の中に「没入」することです。文字の中に自分を埋没させ、登場人物たちを、出来事のひとつひとつを、自分の目で見ているかのごとくイメージしてみる、すると、不確かだった世界がより鮮明に立ち現れてきます。空のかなたにあったイメージが流れ星みたいに降ってきて頭のなかに入ってくるような、形而上学的な世界の体感です。まあ、ある種の「トリップ」です。

 しかし、物語のすべてを具体化させるには、外的な要素が必ず必要になってきます。例えば、『シネロマン』で言うならば、この小説には、数多くの映画が登場します。無声映画時代からトーキー時代にかけて(1920年~30年代)の映画が多く、しかもアメリカ映画の題名はすべてフランス語に訳されてしまっているので、映画辞典のようなものを引っ張り出してきては原題と監督を探し出し、ほとんどが日本未公開の入手困難なものばかりと知ってははがゆい思いをしましたが、できるだけ、この小説に登場する映画は見るように心がけました。

 また、ロジェ・グルニエは他の小説家を引き合いに出す頻度が高く、彼の書く小説の中やエッセイで登場する作家は、片っ端から読んでいきました。これも、ロジェ・グルニエの小説を理解する大きな助けとなった。例えば、『シネロマン』では、20年代アメリカで流行ったダンスコンテストの警備員あがりの小説家ホレス・マッコイへのオマージュとして、「ホレス・マッコイへのオマージュ」と題された章がありますが、ここではホレス・マッコイ著『彼らは廃馬を撃つ』(They shoot horses, don't they ?)で描かれる過酷なダンスコンテストと似た催しが、興行師ラ・フレーシュによって開かれます。その他にも、ロジェ・グルニエのお気に入りのフィッツジェラルドやヘミングウェイ、ヘミングウェイの師とされるシャーウッド・アンダスンや、アンダスン関連でスタインベックやアン・ポーターやスウェーデンのノーベル賞作家セルマ・ラーゲルレーヴ(この三人は論文では用いませんでしたが)まで脱線を気にせず読みまくりました。(文学の支流に乗ってどこまでも行けそうでしたが、論文執筆のためにここいらでヤメ。)

 これら数多くの外的な要素を取り入れた上で、『シネロマン』の物語に没入するのは、なににも変えがたい喜びでした。あらゆる国のあらゆる時代の作家たちの文学が、ロジェ・グルニエという一人のフランス人作家の作品に凝縮される。そこで繰り広げられるアルファベットの大群を、統率し、整理し、理解し、自分の言葉で色付けしていくことが、辛くて辛くてしょうがない(目の疲れと肩こりが)のに、なぜか楽しい! 論文の良し悪しは別として、このような楽しみを感じられたことが、修士論文執筆の一番の収穫でした。

 もちろん、このような楽しみを得られたのは、本校の仏文科に負うところが大きい。なによりも偏狭な専門知識ではなく、幅広い知識の蓄えを持った先生方の指導は、必ずや有効活用するべき道しるべです。先生方のため息やちょっとした動作をも知識の塊のなせる業とみなし、学ぶべきです。しかし、文学の楽しみは、一つの脳みその中でしか実現し得ない孤独な楽しみです。自分に納得のいく形で、自分の選んだ作家を楽しみ考察する、これが何より重要なのではないでしょうか。そのための土台として、本校で学べたことを、私はうれしく思います。

 

平成23年4月